1987-07-24 第109回国会 参議院 予算委員会 第6号
五十七年、中曽根総理就任以降、国債残高は累増し続け、公約の赤字国債発行減額は五年間で二兆二百七十七億円にとどまり、残り三年間で約五兆円の赤字国債を削減する六十五年度財政再建の達成は、既に完全に不可能になっております。しかるに、総理はその失敗を認めず、砂上の楼閣と化した財政再建目標に固執し、今国民が切望する積極財政による内需拡大と景気浮揚に背を向けているのであります。
五十七年、中曽根総理就任以降、国債残高は累増し続け、公約の赤字国債発行減額は五年間で二兆二百七十七億円にとどまり、残り三年間で約五兆円の赤字国債を削減する六十五年度財政再建の達成は、既に完全に不可能になっております。しかるに、総理はその失敗を認めず、砂上の楼閣と化した財政再建目標に固執し、今国民が切望する積極財政による内需拡大と景気浮揚に背を向けているのであります。
五十九年から六十二年度の赤字国債発行減額の実績は、御承知のとおりに年平均五千億円弱で、目標額の半分でしかないのでございます。目標達成には今後六十三年から六十五年度、各年度一兆六千六百億円の減額が必要となるわけでございまして、そして歳出予算の二極分化傾向がますます顕著であると、このような様子が見受けられます。
政府が公約した五十九年度赤字国債脱却の目標が崩壊し、中曽根総理はそれにかわるものとして「一九八〇年代経済社会の展望と指針」を閣議決定し、これに基づいて財政再建期間を七年間延長して、六十五年度赤字脱却の公約を国民に示し、そのため毎年度一兆円の赤字国債発行減額を約束しました。
このため、五十八年度赤字国債発行額六兆九千八百億円をスタートに毎年度一兆円の発行減額を予定したものの、この一兆円減額も計画どおりにはいかず、赤字国債発行減額は、五十九年度五千二百五十億円、六十年度七千二百五十億円、六十一年度四千八百四十億円と、いずれも一兆円の減額を下回っているのが実態で、今後四年間は一兆三千億円ずつ減額するはめに追い込まれたのであります。
そのため毎年度一兆円の赤字国債発行減額を計画をされました。しかし、初年度の五十九年度は五千二百五十億円、六十年度は七千二百五十億円、六十一年度は四千八百四十億円と、いずれも一兆円の減額を下回ったために、後年度へしわ寄せされまして、これから後四年間は一兆三千億円ずつ減額する羽目に追い込まれております。六十年度及び六十一年度は急激な円高で大幅な歳入欠陥が予想されます。
五十九年度赤字国債脱却の鈴木内閣の失敗の後を受け、中曽根総理は、脱却期間が短過ぎたためだとして、「展望と指針」では七年間で毎年度一兆円の赤字国債発行減額をすることに改めました。しかし、再建初年の五十九年五千二百五十億円、六十年度七千二百五十億円で目標額に達せず、今回そのつじつま合わせに建設国債の発行を削減して、数字だけは一兆円と説明いたしておりますが、これは許されません。
計算しますと、六十一年度から六十五年度までの五年間、継続して五十九年度赤字国債発行減額の大体二・二倍ですね、六十年度赤字国債発行減額の一・五倍、これに大体相当するわけでありますから、ここまでまいりますと、今大臣が率直におっしゃられましたが、そういう結果にならざるを得ないと思う。非常に困難である、こういうことだと思います。
中曽根内閣は、これまでの財政再建が五年程度と期間が短過ぎたことが失敗の一因だとして、財政再建期間を七年間に延長し、五十九年度以降毎年度一兆円の赤字国債発行減額を行うことで六十五年度脱却の公約を国民の前に提示しております。しかし、初年度の五十九年度は五千二百五十億円、六十年度は七千二百五十億円の赤字国債減額にとどまり、計画達成には六十一年度以降毎年度一兆一千五百億円の発行減額を必要とします。
そこで、総括して再確認しますが、この増税なきという枠がある限り、これは大臣、昭和六十五年度までの財政再建期間中の各年度の赤字国債発行減額の引当財源に増税はできない、そういうことになりますね。
財政再建に関し、「昭和五十九年度赤字国債脱却の鈴木内閣の財政再建計画は、五十六年度補正予算での赤字国債の追加発行と、五十七年度予算の赤字国債発行減額がこれまでの目標額を約三千億円も下回ったことで、崩壊ないし失敗したのではないか。